中学校入学式式辞

院長 田中弘志

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。皆さんのご入学を心からお祝いし、歓迎いたします。今年は例年よりやや多目の新入生をお迎えすることになりましたが、新入生を迎えるというのはいつでも、本当にうれしいものです。(中略)
つい最近私はある雑誌で、京都でも長年続いたある植木職人の方の話を目にしました。もう16代目になるというその方は、日本各地の名物の桜を守り、保存につとめる「桜守」という仕事も、先々代の時代から継承しておられるのだそうです。その方がこんな話をしておられました。「1年間手塩にかけて守ってやった桜が、春になってつぼみがふくらんでくる。これを『笑いかけ』と言う。微笑んだような状態になって、自分の力で咲こう咲こうとしている、それがうれしい。この瞬間があるから桜守をやめられない。」私はこれを読んだ時に、まず小さな赤ちゃんの姿を思い浮かべました。次にちょうど中学1年生ぐらいの年頃の人たち、つまり皆さん方のような人たちのことを思い浮かべました。生後1,2ヶ月の赤ちゃんは、時折笑ったような表情を見せることがあって、それは本当に笑っているのかどうかは分かりませんが、親はその表情を見るだけですごくうれしくなるものです。それからまたしばらく経って、今度は本当に笑顔を見せたり、声をあげて笑うようになると、それはもう親だけではなく、周囲の人々を本当に幸せな気持ちにしてくれるものです。まさしく桜の木の「笑いかけ」そのものです。周囲の人々の愛情に応えている姿です。
赤ん坊から幼児にかけての時期に、人はいわば無意識に、本能的に、体を動かし、いろんなことを自分でしたがるようになるものです。立ち上がり、歩くことを覚え、言葉を身につけていきます。一方、皆さん方のような中学生の年齢になると、今度は意識的に、自覚的に、いろいろなことを学び、経験し、ひとり立ちしていこうとする、その準備の時期にさしかかっているということが出来ます。先程の植木職人の話でいうならば、皆さんの姿はまさにこれから、自分の力で咲こう咲こうとしている桜の木に重ね合わせることが出来るように思うのです。なぜこんな話をしたのかと言いますと、皆さんがここまで成長してきた背後には、それこそ手塩にかけて育ててこられた御両親をはじめとする、数多くの方々の愛情と祈りがあること、皆さんが自分ひとりで大きくなったのではないということを、今この時に改めて心に刻んでおいて頂きたいと思うからです。それと同時に、皆さんは一人一人が、これからの成長が期待される大切な若枝であることを覚え、皆さん方自身もお互いに、これから出会う友人たちを大切な存在として尊重して欲しいと願うからです。
中学生になっていろいろと新しい発見がある中で、女子学院に入った皆さんにとって恐らく一番大きな変化であり、新しい経験だと思われるのは、キリスト教に触れるということではないでしょうか。今日のこの入学式も、讃美歌を歌い、聖書の御言葉を聴き、ともに祈りをささげるという礼拝の形式で行われていて、皆さんの中には少し戸惑いがあるかも知れません。これから毎日の学校生活は朝の礼拝で始まりますが、礼拝はこの学校の中心になるものとして私たちが大切にしているものです。今はまだ分からないことばかりだと思いますが、何も心配する必要はありませんので、少しずつ慣れていってください。ただひとつだけ最初に心に留めておいて頂きたいのは、私たち一人一人は神さまに生かされている存在だということです。私たちは自分の意志で生まれてきて、自分の力だけで勝手に生きていくのではない、むしろ生かされているのだ、と聖書は私たちに語りかけてくれます。そして聖書によれば、私たち一人一人の決断や選びの背後には、神さまの深いご計画があり、私たちにとって最もふさわしい形でそれが実現されていくというのです。もしそうであるならば、皆さんが女子学院を受験して、合格し、入学することになったその背後には、実は神さまの意思が働いていたということになります。聖書的に言うならば、皆さんは神さまに選ばれてこの学校に入学したということになるのです。(中略)
女子学院中学校で大切にしていることがもう一つあります。この学校では勉強に力を入れることは当然のことですが、それ以外のクラブ活動や生徒会の委員会活動、体育祭や文化祭等の学校行事をとても大事にしています。それは皆さんが幅広い活動や経験を積むことによって、頭も体も心も鍛え、友人との交わりを通してお互いに高め合えるような良い人間関係を築き、バランスの取れた人間として豊かに成長することが出来るようになるためです。先ほど女子学院での生活は大変忙しくなるだろうと言いましたが、それはこのようなことも前提にしているからなのです。どうかいろいろなことに積極的に取り組んでみて下さい。その際、一つ心に留めておいて欲しいことがあります。それは何事においても他人より優れていなければならないということはない、ということです。皆さんは間違いなく十分にすぐれた能力に恵まれた人たちです。しかし一人一人に違った、大切な個性があり、違った歩み方があります。疲れた時には一休みすることもあるでしょう。これからは他人との比較ではなく、自分の中に目標を設定して、自分に合ったペースとやり方でその目標に向かって努力するように心がけて下さい。自分が持っている良いものを伸ばし、友人の優れているところに学ぶという心構えで、お互いに学び合い、高め合うことの出来る友人関係を是非作り上げていって下さい。
最後に、明るく楽しい中学校生活を送るために、私は皆さんに一つお願いがあります。それは人間関係の基本ともいうべきものですが、周囲の人々に対して敬意をもって接する気持ちを大切にして頂きたいということです。それは具体的には例えばきちんとした挨拶をするとか、場所や時をわきまえて、自分の言動にけじめを付けるというようなことで表されます。必要な時にきちんと挨拶をするということは、相手の存在を認めるという行為です。先生でも友達でも、誰かが話している時にはその話に耳を傾ける。そして自分の意見を求められたり、質問などがある時には、遠慮せずにはっきりそれを表明する。これも相手を尊重する姿勢に通じるものです。皆さんが中学生になるというのは、一歩大人に近づくということですが、このような人間関係の基本になるようなことは、大人になっても是非忘れないでいてもらいたい、というのが私の願いです。それが集団生活の、そして社会生活の基本であり、考えようによっては、むずかしい勉強が出来るよりももっと大事なことかも知れません。皆さん方一人一人が明るく、まっすぐに成長していくことを、多くの人々が期待しています。皆さん自身の間でも、お互いに不愉快な思いをしなくてすむように、他人に対する思いやりと敬意を忘れないで、過ごしていただきたいと思います。

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